サブコン現場監督11年7ヶ月、私が学んだこと
就職活動をしたのは、いわゆる就職氷河期の時代でした。15社以上受け続け、ようやく内定をもらったのがサブコン(専門工事会社)でした。
建築学科出身だった私がサブコンを選んだ理由は単純で、「設備の授業が楽しかった」それだけでした。明確なビジョンがあったわけではありません。
入社当時は残業規制もなく、朝6時出勤・深夜帰宅が当たり前の時代。特に向上心もなく、ただ言われたことをこなす日々が続きました。今思えば、もっと積極的に先輩の知識を吸収すればよかったと後悔しています。
CADとの出会いが転機になった
転機は2年目。CADを触り始めたことです。設備の知識はまだ浅かったものの、CADは純粋に楽しかった。自分が作図した図面通りに職人さんが動き、建物が完成していく瞬間には感動を覚えました。
もともと要領が良い方ではなく、人より苦労することも多かったですが、この「CADが楽しい」という感覚だけは本物でした。
結婚、子供の誕生、そして決断
5年目に結婚し、9年目に子供が生まれました。その頃には現場代理人として責任も大きくなり、帰宅はさらに遅くなる一方。子供の顔を見られるのは寝顔だけという日々が続きました。
「このままでいいのか」という思いが膨らみ続け、ついに決断しました。「次の大きな現場が竣工したら退職する」と会社に伝えたのです。
当時の職場では、何も言わずに突然辞める人が少なくありませんでした。しかし私はきちんと現場を終わらせ、後任への引き継ぎも済ませてから退職しました。その誠実さが今も生きています。以前の会社の方々から今でも仕事をいただくことがあるのです。
コミュニケーション能力が私の武器だった
仕事の能力は決して高くありませんでした。しかし建築・設計・電気・職人さんなど、様々な関係者と信頼関係を築くことができました。そのつながりが今の仕事の基盤になっています。
現場代理人の仕事は本当に多岐にわたります。工程管理・品質管理・安全管理・原価管理・図面作成・コミュニケーション・雑用…正直、仕事が多すぎると感じていました(笑)
後輩指導にも苦労しました。言われたことしかやらない、約束を守らない、突然逃げる。そういった場面も多く経験しました。時代の変化を感じた瞬間でもあります。
1級管工事施工管理技士という保険
そんな中、取得できたのが1級管工事施工管理技士の資格です。これは大きな自信になりました。「もし独立に失敗しても、この資格があれば施工管理に戻れる」そう思えたことで、独立への一歩を踏み出す勇気が生まれたのです。


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